巡り会うことU

   前回の記事から 「巡り会う」について

「巡り会う」ことについて書こうと 書き始めましたが、なかなか文章がまとまりません。
前の記事を書いた日から もう何日になりますか?
この間 書いては消し書いては消しを繰り返しています。

伝えたいことはあるのですが・・・。
端的な文章が思い浮かんでこないので つまってばかりいます。

文章で表現するって難しいですね。

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私は この歳に至るまで そう多くではありませんがさまざまな人と巡り会ってきました。

嫌いな人もいました。好きになった人もいます。
好むと好まざるとにかかわらず 出会った人たちは 私という人間に必要だから巡り会えたようにも思えるのです。

それらの人たちと出会い、経験したいろんなことが 少なからず今の私の一部をつくっています。




私は20年ほど前 セールス業界にいました。

とんとん拍子に主任になり、営業所を持つようになっていきました。


セールスは売上げの世界です。
目標も毎月追いかけなければいけません。セールスさんをいかに動いてもらえるようにするかにかかっています。

所長の仕事と言えば 日々回りに目を配り 落ち込んでいないかセールスさんの様子を察知し、声を掛け、気になる子にはひとり呼んでは話を聞いてあげたりフォローがなにより大切になります。
雰囲気を盛り上げるためには 無理してでも明るく振舞い とにかく神経を張り巡らせていないといけません。
私も誠心誠意 それに努めようとしていました。


しかし正直な所 それは私にとっては不向きな仕事だったと思います。
だいたいが 女の人のご機嫌をとることなんて一番の苦手です。
どちらかというと 単刀直入、無駄を省く合理主義者です。
ごちゃごちゃした話は勘弁してほしい性格で 人のことなどに神経を傾けるなどは不得手なほうでした。
そのように生きてきた人間ですから 特に女性相手の対応には難しさを感じていました。


その時の上司にあたる人は仕事の姿勢は実に頭脳的論理的で 工夫やアイディアもすぐ浮かび 行動力のあるとても器用な人でした。
人の扱いもとてもきめ細やかな配慮をし 常に周りを見渡し どんな些細な表情も動作も見落とすことなく観察していて先回りして手を打つ凄腕です。
それは 何人もの部下を育てたり 動かしたりしてきた経験の豊富さでもあるでしょう。

そんな上司から見れば 私の言動は所長としての資質として足りないことだらけだったのだと思います。
所長となったとたん私の言葉や動きは 上司からの指摘の的になりました。

部下への対応については毎日のように叱られました。
私とセールスさんとの会話を聞いては 会話の一部始終を添削されます。 
あの手の動きは人の話を聞いていない仕草だ!とか・・・なぜあの時席を立ったんだ。とか・・・
云々・・・。



言われていることはよく分かります。自分の配慮の足らなさも 反省することは多かったのです。
指摘されたことは必ず直そうと努めました。
しかし やってもやっても 次には別の欠点を指摘されることが続きました。

部下の前でも その手を緩めることは無く その言葉はとても厳しいものでした。
次々と浴びせられる罵倒する言葉に 次第に私は萎縮していきました。
それは余計悪循環となり また指摘される原因を作っていきます。

上司の言葉は 私の人格を否定されているように思え 自信をなくし、プライドはズタズタに引き裂かれていきました。
自分の無力さをこれでもかと思い知らされ、自分なんて着飾っただけの中身の無い人間だと思えました。


ストレスは鬱積し もう何をやるにしても怖くなっていきました。
相手がどう出てくるかをいつも身構えている自分がいました。
それは上司であろうと、部下のセールスさん達であろうと、まわりがすべて「敵」のような位置づけになります。
神経が まったく余裕の無い張りつめた糸のようになっていきました。


こんなにやっているのになぜ 分かってもらえないんだろう。
なぜ こんなに苦しまなければならないんだろう。
いつも自分に問いかけていました。

自分がさそった部下の手前 逃げる訳にはいかないという気持ちだけで自分を繋ぎとめていたのです。 


家計の足りない分を補おうと始めた仕事でしたが 
一方では、だんだんと家庭へのしわ寄せも大きくなっていっていました。
子供をかまうことも後まわしになり 主人との間もギクシャクし ケンカも絶えません。
このままでは 元の家庭に戻れなくなる予感はそのころいつもありました。

もう仕事も家庭も私にとって耐えられないところまできていたのでした。


無我夢中で12年間が過ぎたころ 私はその仕事をやめる決断をしました。 
もう 後々のことを心配することも、お世話になった人たちへの義理もどうでもよくなっていました。
もう充分だと思いました。

主人が個人事業を会社にするという時期で 手伝わないといけなくなったという理由をつけました。
 

私は苦しみから解放されましたが 投げ出したことに後ろめたさを感じちっともうれしくはありませんでした。



時は流れ 何年もたったころ 
このころの経験が私を助けてくれていることに気付きます。


私にとってはとてもきつい時代でしたが、私という人間には必要な勉強だったと思っています。
当時 私を悩ませたいろんな経験は 知らぬ間に確実に私の理念(仕事も生活も)を変えていったのです。


その当時は不満に思い 憎み 恨み 大嫌いだった上司は
今になって思えば 世間知らずの半人前を 叩き直してくれた恩人です。

この上司とは現在でも人生の師匠と呼び家族ぐるみで交流を続けています。



上司から教えられた仕事の姿勢や人とのかかわり方は今の仕事に確実に生きています。

仕事というのは 最後まで突き詰めていくと その人そのものが現れます。
配慮の出来る人は 仕事も配慮のある仕事をします。
「仕事」は「人」也。
私の習ったことです。







posted by urara at 2007-11-18  | Comment(6) | 日記
この記事へのコメント
その上司とも”人生の師匠と呼び家族ぐるみで交流を続けています。”
すばらしいことですね!

自分を育ててくれる人をありがたいといえるとき
自分自身が、成長していっているんだなとおもいます。

Posted by hiromama at 2007年11月18日
>hiromamaさんへ
仕事の時はシビアですが、仕事を離れるととても優しい 釣り好きのおっちゃんです。
息子が私にだまって何かの相談に行ったりしています。
今でもお世話になっているんですよ。
Posted by urara at 2007年11月18日
こんにちは。
うわhiromamaさんが来てくれてますね(^^♪

"思い"が伝わってきました!

「その上司とも”人生の師匠と呼び家族ぐるみで交流を続けています。」
ここがuraraさんのすごいところですね。
叱られた側の立場では、なかなか受け入れられませんよ。
さらにuraraさんを知ることができました(^_^)v
Posted by モグモグラ at 2007年11月18日
確かになかなか真似の出来ることではないですね。

その上司さんが何を考えuraraさんにそんな行動をとっていたのか私にはわ
からないので突っ込んだ話しはしませんが(私とは考え方が違う人っぽいので(笑))
uraraさんが経験を糧に成長できたことはよくわかりますね^^

ってか、不思議なのはその環境でuraraさんをわかってあげようと想う人がまわりに
居なかったのかってこと。。。

まぁ結果オーライだからいいか(笑)
Posted by りゅ〜う at 2007年11月18日
>モグモグラさんへ
12年も毎日顔を合せていたら その人の本気は伝わってきます。
だから辞めた後でも素直に「こんにちは〜」って相手の懐に入っていけたんです。私がすごいんじゃないですよ〜(^^ゞ
Posted by urara at 2007年11月19日
>りゅ〜うさんへ
そう、結果オーライですね(^−^)
周りの人たちに同情してくれる人は多かったですよ。

なつみかんさんにもコメントいただいたのですが、
むさしさんの記事の“ハードラブ”のカンジかな?
近いものを感じますね。
Posted by urara at 2007年11月19日
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